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大阪地方裁判所 昭和44年(行ウ)93号 判決

原告 宇高和美

被告 大阪国税局長

訴訟代理人 竹原俊一 ほか三名

主文

被告が原告に対し昭和四四年四月一七日付でした、杉本寿美子の滞納国税にかかる第二次納税義務の告知処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨の判決を求める。

二  請求め趣旨に対する答弁

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和四四年四月一七日、杉本(旧姓宇高)寿美子が滞納している昭和三八年分所得税および過少申告加算税につき、原告を国税徴収法三九条所定の第二次納税義務者に該当する者として、原告に対し右滞納国税の納付の告知をした。

2  しかし原告は寿美子から財産の譲渡等をうけたことはなく、原告に対する右告知処分は違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する答弁

第1項は認め、第2項は争う。

三  被告の主張(処分の根拠)

1  寿美子は、昭和三八年所得税につき、総所得金額一、五五一、六〇〇円、税額三二八、五〇九円とする確定申告をしたが、社税務署長は、昭和四一年八月六日総所得金額八、一〇〇、二〇〇円、税額三、一九八、一〇〇円とする更正処分および過少申告加算税一四三、四五〇円の賦課決定処分をした。これに対して、寿美子は申告税額三二八、五〇九円を納付したのみで、その余を滞納している。

2  寿美子は、右滞納国税の法定納期限である昭和三九年三月一六日の一年前の日以後である昭和三八年六月末頃、その所有する別紙目録〈省略〉記載の不動産(以下これを本件不動産という)を原告に贈与し、大阪法務局守口出張所昭和三八年七月九日受付第一〇八三五号をもつて寿美子から原告へ所得権移転登記をした。

本件不動産はもと華房良輔の所有で、昭和三六年一二月頃同人から寿美子が買受け所有権を取得していたものである。かりに華房から買受けたのが寿美子の夫の宇高琢治であつたとしても、寿美子はそのころ琢治から贈与をうけていたものである。なお、本件不動産中の家屋がもし華房から買受けたものと同一性がないとすれば、それは昭和三七年三月頃寿美子が改築したものである。

3  かりに本件不動産が琢治の財産で、原告が琢治からその贈与をうけたものであつたとしても、琢治はその意思にもとづき本件不動産につき華房から寿美子名義に不実の所有権移転登記をうけていたのであり、寿美子に対し租税債権を行使する被告は、この登記の外形から本件不動産が寿美子の財産であつたものと信じ、原告に対して第二次納税義務告知処分を行なつたのであつて、このような場合には民法九四条二項の法意に照らし、琢治および原告は寿美子に真実本件不動産の所有権を移転していなかつたことをもつて、善意の第三者にあたる被告に対し対抗できない。このことは、被告が本件不動産を寿美子の財産であつたものとみなし、寿美子から原告へ贈与されたと同一視できることを意味する。

4  もしこの主張も容れられないとしても、原告はつぎの事由により信義則上処分の違法を主張することができない。

本件第二次納税義務告知処分の原因となつた寿美子の滞納所得税は、寿美子がその所有の大阪市北区老松町三丁目一二番地所在木造瓦葺三階建事務所床面積延六四四・六一平方米(通称日新ビル、以下この名でよぶ)を昭和三八年に日新土地株式会社に売却したことによる譲渡所得について発生したものであるが、本件不動産がその登記名義にかかわらず実は琢治の所有であつたとするならば、同様な事情にあつた右日新ビルも実質上の所有者は琢治であつたとみるべきで、その売却による譲渡所得も琢治に帰属したことになるから、右所得税は本来寿美子にではなく琢治に課せられるべきであつたというべく、琢治から本件不動産の贈与をうけたという原告が第二次納税義務を負わされたとしても、実質的に不当な不利益を蒙つたことにはならない。琢治は、その所有にかかる不動産につき妻寿美子名義に不実の登記をし、課税庁をして寿美子に課税させるように仕向けておきながら、現実に寿美子名義の不動産に徴税の手が及ぶや、真実の所有者は琢治であると主張しているのであり、それは、きわめて狡猾な脱税行為であつて、琢治を法定代理人として本件不動産の贈与をうけた原告がそのような主張をすることは信義則上許されない。

5.本件不動産の昭和三八年七月当時の価格は合計金五、八一〇、五三五円であるが、原告は登録税九六、五〇〇円、贈与税五四一、四八〇円を納めているので、原告のうけた利益は金五、一七二、五五五円となる。寿美子には滞納処分を執行すべき財産がなく、本件不動産を取得した原告は寿美子の長女にあたるので、原告はそのうけた利益である金五、一七二、五五五円の限度で、寿美子の滞納国税につき第二次納税義務を負うものである。

四  被告の主張に対する原告の答弁

第2項中、本件不動産がもと華房の所有であつたこと、これにつき昭和三八年七月九日寿美子から原告へ所有権移転登記がされていることは認め、その余は否認する。本件不動産は、琢治が華房から買受け、寿美子名義に登記をしていたが、昭和三八年六月琢治と寿美子が離婚することとなつた際、寿美子から琢治に真正な登記名義の回復を原因として所有権移転登記をなすべきところ、その機会に琢治がこれを原告に贈与したので、寿美子から直接に原告へ中間省略登記の形で所有権移転登記をしたものである。

第3項中、琢治が本件不動産につき華房から寿美子名義に所有権移転登記をうけていたことは認めるが、法律上の主張は争う。かりに本件に民法九四条二項が類推適用されるとしても、琢治と寿美子は離婚にあたり前述のように真正な登記名義の回復をなし、虚偽表示を撤回している。

第4項の主張も争う。

第三〈証拠省略〉

理由

一  請求原因第1項の事実(被告の処分)は、当事者間に争いがない。

二  被告の主張第1項の事実(寿美子の国税滞納)は、原告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。

三  本件の主たる争点は、本件不動産がもともと寿美子の財産で同人がこれを原告に贈与したものかどうかの点にあるところ、本件不動産につき昭和三八年七月九日寿美子から原告へ所有権移転登記がなされていること(これは当事者間に争いがない)からすれば、右の事実はこれを肯認してよいかのように見える。しかし、〈証拠省略〉を総合すると、琢治は会社組織でもつて貸ビル業その他を経営しているものであるが、その所有する不動産については、税務対策上所有名義を自己個人に集中しない方針で、他人の名義を借りて登記するのを常としていたこと、寿美子は昭和二一年に琢治と結婚して以来、主婦として家庭にあり、寿美子自身に固有の資産収入があるわけではなかつたこと、本件不動産はもとは華房良輔の所有で(この点は争いがない)、昭和三六年一二月頃琢治が華房から居住用として買つた(ただしのうち家屋はのちに琢治が改築した)のであるが、右の方針に従い、妻寿美子に断りなく、したがつて同人に贈与する意思もなくして、同人名義に所有権移転登記をうけていた(この登記の事実も争いがない)ものであるところ、昭和三八年六月琢治と寿美子が離婚するに当り、琢治は本件不動産の名義を寿美子から取り戻しておく必要があつたので、今度は両名の長女である原告の名義に移すこととし、同年七月九日付で寿美子から原告へ所有権移転登記をしたものであることが認められる。

〈証拠省略〉の中には、琢治が寿美子に資金を貸付け、これをもとにして寿美子が本件不動産の買受、改築を行なつたという趣旨の琢治の供述記載があり、〈証拠省略〉にも、原告の異議申立理由として同趣旨の記載があるが、そのようなことは、余人ならばともかく夫婦間の出来事としてはいかにも不自然の感を免れず、稀有のこととしか考えられないのに対し、琢治および寿美子が証人として述べたように、税務対策その他の理由から他人の名義を借りて登記し、実体上の所有者と登記簿上の所有名義人とがそごしていることは、世上必ずしも稀でないのであり、右〈証拠省略〉と対比してみるときは、前記〈証拠省略〉の各記載は真実を述べたものとは認めがたく、これを採用することはできない。

また〈証拠省略〉によれば、寿美子は当時自己に不動産所得や給与所得があるものとして所得税の確定申告をしていることが認められるけれども、これは大阪市北区老松町三丁目一二番地所在の日新ビルがやはり寿美子の所有名義となつていた(成立に争いのない乙第一三号証)ことによるものであり、琢治の前記のような税務対策の一環をなすものと推認され、寿美子に真実そのような収入があつたとは断じがたく、寿美子が本件不動産を取得できるほどの資力を有したことの徴表とするに足りない。

さらに、〈証拠省略〉によると、原告は本件不動産を寿美子から贈与されたとして贈与税の申告をしていることが明らかであるが、これも登記簿上の前所有名義人が寿美子で同人から原告へ直接に移転登記がなされた関係上便宜そうしたまでのことと解して別に不審はなく、被告主張の事実を認定する根拠としては不十分である。

そうすると、結局本件不動産は、その登記簿の記載にかかわらず華房から琢治が取得したものであり、琢治がそのころこれを寿美子に譲渡したとも認めがたいから、寿美子の財産であつたとはいえないし、したがつて寿美子が原告にこれを贈与したとも認められないといわざるをえない。

四  被告は、仮定的に民法九四条二項の法意を援用し、原告において本件不動産が寿美子の所有でなかつたことをもつて善意の被告に対抗することはできないと主張する。

前項で認定したように、琢治は華房から買受けた本件不動産を寿美子に譲渡する意思はないのに、華房から寿美子名義に所有権移転登記をなさしめていたのであるから、本件不動産が寿美子名義である間に被告がその外形を信頼してこれについて滞納処分を行なつたというような場合であつたなら、被告は民法九四条二項の類推適用によつて保護されたであろう。しかし本件では、寿美子から原告へ所有権移転登記がなされた後に、原告に対して第二次納税義務告知処分がなされたのであつて、寿美子はもはや本件不動産の現在の所有名義人ではないし、また被告は本件不動産に対して差押等の物的処分をしたものでもない。被告の立論は、原告に対する第二次納税義務告知処分をもつて寿美子に対する滞納処分と同視しているものであるかのように窺われる節がある。しかし、第二次納税義務の告知は、形式的には第三者に財産が帰属しているが実質的には納税者にその財産が帰属していると認めても公平を失しないような場合に、その第三者に対し補充的に納税義務を負担させて、租税徴収の確保を図ることを内容とする処分であつて、この告知によつて第三者に納税義務が成立すると同時に徴収手続が開始され、その意味では徴収手続の一端をなすものではあるけれども、納税義務を負わせる契機となつた財産の価額を限度とするとはいえ、その財産に対する滞納処分あるいはこれに類する物的な処分でないことは明らかであつて、被告は、虚偽の登記のなされた本件不動産について、その外形を信頼して新たに利害関係をもつに至つた者にはあたらたい。被告のこの点に関する主張は、これに対する原告のその余の主張について判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

五  被告はさらに信義則違反を主張する。

〈証拠省略〉によれば、本件第二次納税義務告知処分の前提である寿美子の滞納国税は、寿美子名義の前記日新ビルの建物が昭和三八年七月に寿美子から日新土地株式会社に売却されたことに基づく譲渡所得があるものとして、寿美子に対し所得税の更正決定がなされたことにより生じたもので(これは不服審査を経て確定していることが認められる)、この日新ビルも、前記第三項で認定した事情により、本件不動産と同様、登記名義は寿美子であつても実質は琢治の所有であつたと解されないことはなく、もしそうだとしたら、日新ビルの売却による譲渡所得も琢治に帰属し、琢治こそこれについて課税されるべきであり、琢治から本件不動産を贈与されたという原告は第二次納税義務を負わされても不服をいえない筋合となるところであつたことは、被告の主張するとおりである。しかし、寿美子に対して課税処分がなされるについては、原告が自己の第二次納税義務を免れる意図で課税庁をしてそのように仕向けたものとも認められないし、また原告が寿美子から移転登記をうけるに当つては琢治が原告の法定代理人としてこれを行なつているとはいえ、代理行為の瑕疵を問うものでない本件においては(かりに琢治の一連の行為が徴税上の立場からは非難に値することだとしても)、琢治の受けるべき非難を原告が受けなければならない理由はないのであつて、信義則違反の主張はあたらない。

六  以上によれば、被告が本件処分の適法性を根拠づけるためにした主張はすべて理由がなく、したがつて右処分の取消を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下出義明 藤井正雄 松尾家臣)

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